5月
09
2013
同僚にひたすらメモを取っている人がいる。そして、ただメモを取るだけでなく、自分で考え学んだことを体系的にまとめている。本や論文等にも目を通すけれど、あくまで実務を重視しているようだった。私も参考になったことや覚えておきたいことはメモを取ることはあるけれど、それを体系的にまとめるということはあまりしてこなかった。
仕事と勉強は違う。だけれど、体系的にまとめ上げ、全体像を把握するという作業はどちらにも共通する。仕事の場合、この作業によってすぐに利益に繋がるわけではないけれど、新人教育の時に非常に役に立つ。会社内のノウハウは文書化されていないことが多いし、新人にとって最初の数ヶ月何をしていいのかわからないというのは、この文書化されていないノウハウを体に染み込ませる期間だともいえるかもしれない。本来なら、洞察する力を養うという点では、新人自らノウハウを理解して欲しいけれど、全ての新人が高いモチベーションを持ち仕事へ取り組んでいるわけでもないので、ある程度の指針があったほうがいい。
モチベーションが低くても自分が何をやっているかがわかったり、本質的なところを理解し始めれば、だいたい面白いと思えるようになるのが常。もちろん、そうならない場合もありま
全身脱毛をキャンペーンで
4月
16
2013
技術というのはそれだけで十分面白いことがほとんど。人の一生だけでは足りないくらい、技術的な面は常に変化していく。ただ、技術ばかりに目を奪われると大事なことを見失うことがある。そもそも何を解決したかったのか。技術はどこまで行っても何らかの問題を解くツールでしかない。失笑してしまうような技術でも、そこには何らかの問題を解決するという明確な意図が存在する。
学習者に陥りがちなことに、技術さえ身に付ければ何でもできるようになるという考え方。例えば、英語。英文法、英単語を覚えて、リスニングのコツをつかめる様になれば、聴けるようにも話せるようにもなると思ってしまうこと。でも、実際は英文法を極めようが、単語を極めようが、英語は聞けるようにも喋れるようにもならない。それがわかっているのにも関らず永遠と勉強し続ける。
勉強することは悪いことでない。技術的な改善・進歩を目指し日々学び続けるのは絶対に必要だ。でも、自己の中に大切なものが育まれていなければ、技術も勉強も敷かれたレールを超えることはできない。
では、自己の中の大切なものとは一体何なんだろう?
大局観。自己の中で常にはぐくみ続けないといけないのはこの大局観だと私は考える。
では、どうすれば大局観を育むことができるのだろう?
横浜で脱毛
4月
10
2013
味の濃い料理。以前の私は好き好きでたまらなかった。どんな高級食材でも味が濃くなければ食べた気がしなかった。でも、今は人が変わったように味の濃い料理は食べなくなってしまった。それにはいくつかの理由がある。
一つ目が、体調のこと。健康診断で好ましくない結果が出てしまったのでそれ以来食事に気を使うようになり、味の薄い料理を食べるようになって言った。病気になったわけでなはいのですが、このままの生活が続けば生活習慣病になる可能性が言われたのが効いた。
味の薄い料理を食べることで味覚が変わってきたのかわかりませんが、食材本来の味を楽しむようになってきた。調味料などは最小限に留める料理がお気に入り。調味料は味を引き立たせるものであって、調味料が食材を支配している感じが許せなくなった。濃い料理はその傾向がある。
二つ目が、食材について。生で食べてもおいしくないものというのは、濃い料理にすると食べられることがある。でもそれは、食べなくてもいいし、食べないほうがいいものも含まれていると感じるようになった。
例えば、肉や魚がわかりやすい。おいしいものは、調味料は基本はいらない。質の低いものは独特の生臭さがあるから、それをケスために調味料を使う。だったら、最初からそういう食材は食べないと決めてしまったわけです。
顔 脱毛
4月
09
2013
世の中には、勉強嫌いな人が多い。「勉強」という言葉を聞いただけで毛嫌いしてしまうのだ。「勉強」という言葉は、学校教育と強い結びつきがあるので、どうしても学校でのテストや退屈な授業を連想させてしまう。でも、生きていく上では学校で行われているような狭い意味での「勉強」ではなく、広い意味での勉強が必要になる。広い意味での勉強は、生活、仕事、趣味に密接に結びついているので、退屈しないし、役立つことも多い。だからといって、アカデミックな内容を学ばなくてもいいとはならないのですが。
勉強することにインセンティブがなければ勉強は続かない。それは目の前にニンジンがぶら下げられて必死に勉強するような、外部によるインセンティブ。そして、勉強対象と自分との繋がりを感じてそれを面白いと思う内部によるインセンティブ。どちらのインセンティブを利用しようと私はいいと思っている。
勉強することの習慣がない場合は、習慣化するのが一番タイヘンだと私は思う。例えばゲームをしたり、携帯やスマホをいじるのも最初は習慣化されていない状態から始まる。意識する、しないに関らず、習慣化してしまう。操作性が高いので、すぐに自分が望む結果が得られるから習慣化しやすい。例えば、ゲームは、ゲームを継続してプレーしたくなるようなインセンティブが至るところに見受けられる。
すぐに結果が出るというのが、勉強することを習慣化させるポイントの一つ。例えば、1000ページを超えるような参考書にいきなり取り組んでも永遠終わらないと感じてしまいヤル気が下がる。対して、網羅性は低いにしても200ページ程度の参考書であれば、なんとかやり切れる。やり切れば、(習得したかしてないかは別にして)学習をし始める前とは違う自分がそこにいるのがわかる。もっと学習したいと思うかどうかはわからないけれど、少なくとも知識は増える。
些細な変化を捉えていかないと、学習し始めた当初はモチベーションが保ちにくいので結構重要。
頭皮ケアのことならこちらへ
4月
04
2013
普通であるというのは、あんがい難しいと近頃思うようになった。そもそも普通という言葉は、一体何を意味しているんだろう。辞書に出てくるような意味では、ありふれたとか、特に変わっていない。だけれど、人生に対して普通というのはとても難しい。全てを数値化できれば、自分が普通であるかどうかがわかるけれども、自分の性格、行動などなど全てを数値化するのはまず無理だ。もちろん、こじ付けで数値化することはできるけれども、そんなのは自己満足の領域に留まっており普遍性がないので、無意味なことが多い。
では、私は普通だからという表現の中には何が隠されているんだろう。私見ですが、これは目立たないようにするという意思の現われなんじゃないかなとも思う。他人との軋轢を拒むことで言うこともあれば、周りと同調することに価値を見つけて言う場合もある。もちろん、他にもいろいろとあるだろう。
もう一つ特筆すべきことがあるとすれば、自分に自信がないという表れなんじゃないのかなとも思う。全体主義者ならそうとも限らないけれど、こういうメンドウな話は置いておいておきたいですよね。自分に自信が持つことができれば、そもそも自他との違いも自ずとわかるはず。それがわからないのは、自信がないというより、単なる傲慢、自己中心になってしまいそうですからね。
何が言いたいのかというと、皆普通ではないということ。
銀座カラー
Tags: 脱毛サロン
3月
26
2013
4月が近くなると会社が慌しくなる。特に変わった仕事をし始めるわけでないけれど、ソワソワしてくる感じだ。どんな新入社員が来るのか待ちきれないからだろうか、と思う。新入社員は、期待を胸に働き始める人が多いと思う。その気持ちを持ち続けるのは結構大変。でも、どうして気持ちを維持するのが難しいのだろうかと思う。仕事の大半は慣れてしまえば、頭を使う必要のないものがほとんどになる。普通なら、その時に性質のことなる仕事を始めたいところ。これはどういうことかというと、単なる機械作業レベルまで仕事が単調になったら、悪いことばかりでないけれど、取り組んでいるほうはあまり面白いと思えない。だから、その仕事を他人に振るということ。自分はつまらないと思っていることでも、ほかの人は凄く楽しんでくれるという場合があるからだ。だからと言って、何でもかんでもチームの人に仕事を振るわけにはいかない。だけど、これをしないと一歩先の仕事ができなくなってしまう。このバランスは難しいところではありますけどね。
どんな仕事も数ヶ月程度取り組めば、パターンが見えてくる。ここでいうパターンというのは、単に同じことを繰りかえすという意味でなくて、仕事をより効率化したり、新しいしてんで物事を見るためのパターンという意味。
ゴルフ 査定
3月
24
2013
できれば、スキーシーズン中に蔵王へ行き樹氷を見たかったのですが、タイミングを逃した。金曜日から今日までの3日間山形へ旅行へ行ってきた。初日は、山形にいる友人と会ってイロイロと話をしたり、食事をした。2日目は、樹氷がない蔵王へ行ってきた。樹氷は見れなくても、スノーボードができたので良しとしています。この時期になると大分雪質も悪くなってきています。もちろん、まだ滑走可ですが。小さい頃に、シーズンが終わる頃に両親に連れられて蔵王にスキーに来た時は、アイスバーンばかりで相当怖い想い出があった。余談ですが、アイスバーンがいたるところにあると、気軽に転ぶこともできないので、どうして動きが硬くなるし、イロイロと冒険できない。冒険するというのは、コース外を滑るという意味でなくて、いろいろなテクニックを試めすという意味。
少し時期ハズレのせいか、人も少なくて滑りやすかったですが、やっぱりこの時期の雪質は良くないですね。ただ、久しぶりに友人と会い食事をしてリラックスできたのでよかった。
山形の脱毛サロン
Tags: 山形
3月
21
2013
シャンプーをしていると、抜け毛が気になることがある。休日時間があったので、シャンプー時にどの程度髪が抜けているのかを調べてみた。まず、比較的大き目の容器を準備して、そのこに布を張る。それができたら、後は普通にシャンプー。ポイントは、頭皮をお湯で洗うところから始まり、洗いながすまで、その容器の上で頭を洗うというところ。これで、抜けた髪が布に引っ掛かり、その本数を数えるという仕組み。われながら、何をしているんだと思ったわけですが、細かい作業は嫌いではないので、楽しみながら抜け毛の本数を数えることができた。
結果は、だいたい140本程度が抜けていた。内容は、細くて短いものが、30本程度。残り110程度が、太くて比較的長いもの。確か、細くて短いものは成長途中にある髪のことが多いようなのであまり抜けないほうが言いと聞いたらしい。この結果に安心していいのか悪いのか。毎日しないとあまり意味がないように思った。ただ、時間がかかりすぎるし、仕事がある日はまずこんなことをしてられない。
頭皮や抜け毛が気になるなら、育毛剤をつけるなり、ヘアチェックをしてもらったほうが手間がかからなくていいかもしれませんね。
育毛剤BUBKA
3月
17
2013
ストレッチをした後は、心地よい気持ちになる。ストレッチの目的は、準備体操のためだったり、リラックスのためだったり様々。私の場合は専らリラックス目的で行っている。たまに、無理をして攣りそうになるのですが、それもまた一つの楽しみ。例えば、足をストレッチしている最中に足を攣ると本当なら痛さから、うーうーと唸りそうですが、私の場合は、足が攣るとなぜか、よし!と思ってしまう。あの独特の痛みは普段体験することのない痛みですからね。恐らく、痛みを感じることで生きていることを実感しているのかもしれない。詳しくは私にもわからない。
さて、今日は天気がよいので少し散歩でもしてこようかと思う。かなり久しぶりの散歩なので、ゆったりと景色でも楽しみながら歩いてこよう。運動しようと思って散歩をすると疲れることがありますが、景色でも見ようと考えて散歩をすると案外長続きするもの。これはランニングなどにも言える。
そういえば、昔、ジムに通っていた時に、鏡を見ながらやたら自分の筋肉を見ている人がいた。当時の私は、ボディービルダーが筋肉をどう意識しているのかわからなかったので、笑ってしまった。でも、今ならわかるような気がする。
大阪 脱毛
Tags: 大阪脱毛
3月
06
2013
一カ月単位のテーマ、一週間単位のテーマ、1日単位のテーマ。これを決めると余計なことに惑わされずに生活できることがある。余計なことも時には重要なことだと思っているのですが、余計だと感じていることから価値を見つけるには、常に何らかのテーマを持っていないとあまり意味が無いような気もする。
例えば、ランニングなんかがいい例。今年の目標はフルマラソンに参加して完走するということだとする。そこから、半年後にはどの程度走れるようになりたいのかなどを決めていく。でも、1日単位でのテーマ決めは難しい。なぜか。こうありたいという姿があった時に、ある程度先のことなら簡単に想像できるのに、今何をすべきなのかがわからないというのは不思議。でも、こういうことが起きる。
何かを達成するということは、ほとんどの場合、今の自分を変える・変わる必要がでてくる。マラソンでいれば、今まで走ってこなかった人がするべきなのは、とにかく走りだす事。最初の一歩はとても労力の要ることというのはわかっていても踏み出せないのは、今何をすべきなのか見えていないことが多いように思う。
そう、まさにこの日記のようにテーマを決めて書き始めたはずなのに、考えるのがメンドウになって適当なことをかいて支離滅裂になっている状態に似ている。初心を貫くのは難しいもの。だから、一歩を踏みだす前にやめてはいけない。
池袋 脱毛